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3月, 2020の投稿を表示しています

世界の輪郭が揺らぐ|村田沙耶香「変半身」

村田沙耶香「変半身」筑摩書房 2019年11月 初版  村田沙耶香さんと劇作家の松井周さんが、三年に及ぶ取材や創作合宿を重ねながら生み出した「変半身(かわりみ)」。2019年11月、村田さんは中編作品「満潮」も収録した本小説を、松井さんは同タイトルの舞台を発表した。二人が考えた架空の離島「千久世(ちくせ)島」が放つ声は、あなたの世界の輪郭までも揺さぶるかもしれない。 ポーポー様の眠る島で続く秘祭「モドリ」  舞台となる千久世島には、ポーポー様という神さまがいた、という伝説がある。信号が一つしかないような小さな島だが、 年に一度行われるポーポー祭り には観光客も訪れ島全体が活気付く。その祭りの開催が迫っていた。 三日間行われるポーポー祭りの最終日の夜には、選ばれた人間しか参加できない秘祭「モドリ」がある。「モドリ」に参加できるのは十四歳になってからで、この学校にも、「モドリ」に初めて参加する子がいるのだと思う。私もその一人だった。(P14)  主人公の伊波 陸は秘祭「モドリ」に参加することが決まっていた 。この時点ではモドリがどのようなものなのかは明かされない。ただ、モドリに選ばれることは嬉しいことではないようだ。この時期に学校で泣いていたり学校を休んだりした子は、モドリに参加するのだろうと推測される。  また、 モドリに参加するのが誰なのかは口外禁止になっている 。 「高城くん、この話、してるのがばれたら村八分だよ」(P16)  「村八分ってまたまたぁ」と一瞬クスリときた場面だが、同級生の高城くんと伊波の会話を聞いているうちに、「村八分だよ」が冗談でも脅し文句でもなかったかのように思えてくる。島に流れるただならぬ空気に緊張感を高めていくのは、モドリに選ばれた者だけでなく読者も同じかもしれない。  祭りがいよいよ間近に迫り、伊波が高城くんへの想いと向き合うという場面がある。  小学校のときからずっと、私の恋と発情は、高城くんのものだった。  誰にも言ったことはなかったのに、花蓮はいつから気がついていたのだろう。用心深く、私のどこからも、この発情の気配が漏れないようにしていたのに。(P24)   村田さんが描く恋は、熱を帯びかすかに湿っている感じ がする。引用部分も含めて1ページと7行だけの短い場面だが

地続きの恐怖|柴崎友香「かわうそ堀怪談見習い」

柴崎友香「かわうそ怪談堀見習い」角川文庫 2017年2月単行本刊行  2020年2月文庫化  純文学作家として知られる柴崎友香さんが怪談を書いた。  塞がれた押入れ、近付く足音、喫茶店で盗み聞きした会話、鏡の中の自分、、章ごとに怪しげな話が展開されていく。「二七 鏡の中」は文庫版のための書き下ろしだ。後引く不気味さから、思わず本を投げ出したくなるような即効的な怖さまで、振り幅のある恐怖が詰まっている作品だ。  柴崎さんの作品には登場人物がその街で生きていると感じられるものが多いが、恐ろしいことにこの作品でも同様の感想を抱いてしまう。怪奇な現象に溢れた主人公たちの世界がこの世界と地続きになったところにある、そう感じてしまうのが一番の恐怖体験かもしれない。大阪の街で、怪談小説を書き上げようとする主人公。目的は果たされるのだろうか。 覚えていること忘れていること消したこと 主人公は「恋愛小説家」という肩書を持つ小説家だ。にも関わらず、恋愛というものにそんなに興味がない。そもそも「恋愛小説」を書いたつもりもなく、たまたまデビュー作が恋愛もののドラマになり人気が出ただけだと言う。主人公は別のジャンルの作家になろうと思い立ち、怪談を書くことにする。  怪談を書こうと決意したものの、わたしは幽霊は見えないし、そういう類いのできごとに遭遇したこともない。(P17) しかし、これまた得意なジャンルということでもなさそうだ。それなのになぜ怪談を? と思うが、選択した理由については明かされないまま 取材が始まっていく。  中学時代の友人たまみから、ネタの提供を受け、その手の話に詳しい人を紹介してもらうことで、主人公は不思議な体験談を獲得していく。取材と言っても堅苦しいものではなく、側から見れば「女性二人がご飯を食べながら怖い話をしている」ように感じられるであろう。例えばこういった具合だ。  溶けたチーズの乗った分厚いトーストを一切れ手に取り、たまみは言った。 「私な、蜘蛛に恨まれてるねん」 「蜘蛛に?」 「うん。蜘蛛に、配偶者の仇やって思われてる」  ハヤシライスをゆっくりと食べながら、わたしはその話を聞いた。(P 33) このような 気の張らない二人のやりとりもまた一興 だ。柴崎友香さんが描くとなんてことない友人同士の会話も、「なん

かわうそ堀怪談見習いに出てくる地名から大阪に実在する場所を想像してみた

 先日、柴崎友香さんの「かわうそ堀怪談見習い」が文庫化された。柴崎さんは芥川賞を受賞してるしざっくり言ったら純文学作家だと思っていた。だから柴崎さんが怪談を書くことは意外だったし、柴崎さんの描く怪談がどんなものなのか想像もつかなかったから、本屋に向かう時とてもワクワクした。  ツタヤさんにいくと、角川文庫新刊のコーナーがあった。全ての本が表紙をこちらに向けて立っていたのですぐ見つかる気がした。  だけどなかった。焦りに似た気持ちを抱きながら、ぐるぐる本棚を周回して3周目、やっぱりあった。空に見えたスペースの奥にあった。上の段によって奥の方には光は届かずカバーも暗めだったから見えなかった。その時は、この街に柴崎友香のこの本を買う人がいて、多分数時間以内に買われたって事実に喜びを感じていた。  しかし「かわうそ堀怪談見習い」を読み終えた今、このことを思い返すと、少し怖い。 かわうそ堀は立売堀が元になっている 『かわうそ堀怪談見習い』に出てくる地名は、かわうそ堀←立売堀(いたちぼり)をはじめ実在の大阪の地名が元になっています。大阪の地図を見ながら楽しんでください。 pic.twitter.com/meb3ud2VdV — 柴崎友香 (@ShibasakiTomoka) March 2, 2020 実在する地名が元になっていると聞いて私は胸が高鳴った。本の中の人たちと繋がれる気がする。まぁそんなこんなで大阪の地図を眺めてみて本作品の地名に似ている地名をピックアップしおくことにする。それにしても「立売」で、イタチと読むとは初見ごろしだ。ちなみに、カバーイラストはしらこさん、カバーデザインは芥陽子さんだ。作品に通じるものがあってとても好きだ。   「立売堀」地名の由来を調べてみました。 『日本歴史地名大系 28-[1] 大阪府の地名 1』*1には、「名称の由来には諸説あるが、一般的には「摂津名所図会大成」にあるように、大坂冬の陣・夏の陣に際して伊達家の陣所が置かれていた地で、その要害の堀切であったところを堀足して堀川としたことから伊達(だて)堀と称され、のちに伊達(いだて)堀、伊達(いたち)堀とよばれるようになり、さらに近辺で木材の立売が許可されたため「立売堀」の字を用いるようになったとされる。なお「宝暦町鑑」「天保町鑑