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9月, 2020の投稿を表示しています

人生を垣間見る|柴崎友香『百年と一日』

  柴崎友香『百年と一日』 筑摩書房 2020年初版  見ず知らずの誰かの物語を集めた一冊。作家生活20周年で柴崎友香さんがこの世に送り出してきた一冊はまさに傑作でした。    「タイトルすごくない?」と話したい   この小説には33編の短い話が収められている。なんといっても各話の 独特なタイトル が印象的なのでちょっとこれを読んでほしい。 アパート一階の住人は暮らし始めて二年経って毎日同じ時間に路地を通る猫に気がつき、いく先を追ってみると、猫が入っていった空き家は、住人が引っ越して来た頃にはまだ空き家ではなかった  これはタイトルなのである。一読しただけではつかみとれないタイトルが目次を開くと広がっている。  他にもこんなタイトルも。 戦争が始まった報せをラジオで知った女のところに、親族の女と子どもが避難してきていっしょに暮らし、戦争が終わって街へ帰っていき、内戦が始まった  水島は交通事故に遭い、しばらく入院していたが後遺症もなく、事故の記憶もうすれかけてきた七年後に出張先の東京で、事故をおこした車を運転していた横田をみかけた   読み応えのあるタイトルに私はなんだかとても感動した。こんなにも不思議なタイトルを、ひとつならまだしも、いくつも考えられる人がいるということがちょっと信じられなかった。努力を帳消しにしてしまいそうであまり言わないようにしているが 「天才だな」 と思った。  そして、タイトルを読んだ時点でこれは多くの人に読んでほしいと思った。「すごいタイトルだね」「長っ」「私が好きなのはね、これ」と、この感動を共有したいと思ったのだと思う。 あなたもきっと想像してしまう  タイトルだけではなくしっかりと中身も面白いのでご安心を。  この小説に収められている物語は、登場人物が名前で描かれないことが多い。 なにか見えたような気がして一年一組一番が植え込みに近づくと、そこには白くて丸いものがあった。(P9)  その後もその者は『一組一番』と書かれ、新たに登場する者は『二組一番』と書かれる。徐々に「一組と二組は、顔を見合わせた」というように”一番”を省略しながらも徹底して名称は変わらない。『青木』と『浅井』だから二人が話すようになったと明かされても、二人は『一組一番』『二組一番』となのである。 また、別の話では『一人』と『もう一人』として描かれる二人が登場する。

デビュー作からすでに|今村夏子「こちらあみ子」

 今村夏子「こちらあみ子」ちくま文庫 2014年初版  あみ子は少し風変わりな女の子。優しい父、一緒に登下校してくれる兄、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいる母、憧れの同級生のり君。純粋なあみ子の行動が、周囲の人々を否応なしに変えていく過程を少女の無垢な視線で鮮やかに描き、独自の世界を示した作品。  第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞受賞のデビュー作。「ピクニック」「チズさん」を併録。解説 穂村弘、町田康 これがデビュー作か  読み始めてすぐに、「これがデビュー作かよ」とため息がでた。冒頭の、勝手口から出て短い坂を登って裏手の畑に咲いているすみれをスコップで掘り起こすまで、の描写がまず良かった。  「星の子」を読んだ時には気がつかなったけれど、今村夏子さんの描く風景や自然はとっても良い。主人公が歩いている道がどれくらいの幅で周りにはどういう植物があるかが目に浮かぶのはもちろん、登場人物たちがその植物や地面の感触を特段珍しいものとも思わずに、当たり前の風景としてその道を歩いて行くことが想像できる。すこし田舎かあるいは数十年前の風景を連想させた。  その町では時間がゆっくりと過ぎている、というようなイメージを持ったのだが、もしかするとこの作品はあみ子目線でかかれた小説だから、あみ子の体感時間が反映されたイメージかもしれない。実際は仕事に受験にと忙しなく日々を送る人が大半かもしれないけど、あみ子の視点でみる景色からは忙しなさは感じられなかっただけで。  今村夏子さんは、29歳の時に「明日から仕事をやすんでください」といわれて、小説をかきはじめたらしいのだけど(そうして30歳の時には「こちらあみ子」でデビュー)、1年程度でこんな作品を書けてしまうって、凄い、の一言に尽きる。 変わっているあみ子と家族  あみ子は変わっている。授業中にうたを歌うし、給食でカレーが出たらインド人の真似をして手で食べる。同じクラスに誰がいるかを把握していない。食べ物を食べる時は蒸しパンの上のさつまいもだけ、ゼリーの中のさくらんぼだけ、チョコクッキーのチョコの部分だけ、という変な食べ方をする。  以下はあみ子が憧れの同級生のり君と一緒に帰るシーンである。あみ子のことがよくあらわれている場面なので引用する。 あみ子は顔いっぱいの笑顔をのり君にむけて「じーっ」と言った。一旦背を向けてあるきだし、十