柴崎友香『百年と一日』 筑摩書房 2020年初版
見ず知らずの誰かの物語を集めた一冊。作家生活20周年で柴崎友香さんがこの世に送り出してきた一冊はまさに傑作でした。
「タイトルすごくない?」と話したい
この小説には33編の短い話が収められている。なんといっても各話の独特なタイトルが印象的なのでちょっとこれを読んでほしい。
アパート一階の住人は暮らし始めて二年経って毎日同じ時間に路地を通る猫に気がつき、いく先を追ってみると、猫が入っていった空き家は、住人が引っ越して来た頃にはまだ空き家ではなかった
これはタイトルなのである。一読しただけではつかみとれないタイトルが目次を開くと広がっている。
他にもこんなタイトルも。
戦争が始まった報せをラジオで知った女のところに、親族の女と子どもが避難してきていっしょに暮らし、戦争が終わって街へ帰っていき、内戦が始まった
水島は交通事故に遭い、しばらく入院していたが後遺症もなく、事故の記憶もうすれかけてきた七年後に出張先の東京で、事故をおこした車を運転していた横田をみかけた
読み応えのあるタイトルに私はなんだかとても感動した。こんなにも不思議なタイトルを、ひとつならまだしも、いくつも考えられる人がいるということがちょっと信じられなかった。努力を帳消しにしてしまいそうであまり言わないようにしているが「天才だな」と思った。
そして、タイトルを読んだ時点でこれは多くの人に読んでほしいと思った。「すごいタイトルだね」「長っ」「私が好きなのはね、これ」と、この感動を共有したいと思ったのだと思う。
あなたもきっと想像してしまう
タイトルだけではなくしっかりと中身も面白いのでご安心を。
この小説に収められている物語は、登場人物が名前で描かれないことが多い。
なにか見えたような気がして一年一組一番が植え込みに近づくと、そこには白くて丸いものがあった。(P9)
その後もその者は『一組一番』と書かれ、新たに登場する者は『二組一番』と書かれる。徐々に「一組と二組は、顔を見合わせた」というように”一番”を省略しながらも徹底して名称は変わらない。『青木』と『浅井』だから二人が話すようになったと明かされても、二人は『一組一番』『二組一番』となのである。
また、別の話では『一人』と『もう一人』として描かれる二人が登場する。
映画館に行く前に、二人は必ずラーメン屋にいった。(P83)
このお話では「一人は、もう一人を肘でつつき、あれ、と囁いた」 といった書き方で二人を区別している。
登場人物が名前らしい名前で描かれないからか、脇役が主人公になった物語を読んでいるような気分になる。
喫茶店で見かけた名前も知らない誰かの人生はこんな感じでした!
主人公たちの後ろで話していた二人組にもこんな人生ありました!
みたいな、見ず知らずの誰かの人生を覗いているような気分を味わえるというか。
それに、とある男の話かと思いきや、いつの間にか男が見た猫の話に切り替わっていることもある。柴崎友香さんの作品には神の視点で描かれた小説がいくつかあるけれど、『百年と一日』ではそのいつの間にか変わる視点が本当にいいテンションで物語を盛り上げてくれる感じがした。時間の経ち方も独特で、簡単に数十年後と経過したことだけ知らされて、その間に何があったかは描かれない。ふりまわされるような楽しさがこの小説にはいっぱいある。
そしてこの一冊の一番好きなところは、描き切られていいない部分を想像してしまうところだ。余韻が残るラストの一文から放り投げられてすぐに、登場人物の人生やその町のこと、家のこと、あらゆることを想像してしまうのが面白かった。
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