今村夏子「こちらあみ子」ちくま文庫 2014年初版
あみ子は少し風変わりな女の子。優しい父、一緒に登下校してくれる兄、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいる母、憧れの同級生のり君。純粋なあみ子の行動が、周囲の人々を否応なしに変えていく過程を少女の無垢な視線で鮮やかに描き、独自の世界を示した作品。
第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞受賞のデビュー作。「ピクニック」「チズさん」を併録。解説 穂村弘、町田康
これがデビュー作か
読み始めてすぐに、「これがデビュー作かよ」とため息がでた。冒頭の、勝手口から出て短い坂を登って裏手の畑に咲いているすみれをスコップで掘り起こすまで、の描写がまず良かった。
「星の子」を読んだ時には気がつかなったけれど、今村夏子さんの描く風景や自然はとっても良い。主人公が歩いている道がどれくらいの幅で周りにはどういう植物があるかが目に浮かぶのはもちろん、登場人物たちがその植物や地面の感触を特段珍しいものとも思わずに、当たり前の風景としてその道を歩いて行くことが想像できる。すこし田舎かあるいは数十年前の風景を連想させた。
その町では時間がゆっくりと過ぎている、というようなイメージを持ったのだが、もしかするとこの作品はあみ子目線でかかれた小説だから、あみ子の体感時間が反映されたイメージかもしれない。実際は仕事に受験にと忙しなく日々を送る人が大半かもしれないけど、あみ子の視点でみる景色からは忙しなさは感じられなかっただけで。
今村夏子さんは、29歳の時に「明日から仕事をやすんでください」といわれて、小説をかきはじめたらしいのだけど(そうして30歳の時には「こちらあみ子」でデビュー)、1年程度でこんな作品を書けてしまうって、凄い、の一言に尽きる。
変わっているあみ子と家族
あみ子は変わっている。授業中にうたを歌うし、給食でカレーが出たらインド人の真似をして手で食べる。同じクラスに誰がいるかを把握していない。食べ物を食べる時は蒸しパンの上のさつまいもだけ、ゼリーの中のさくらんぼだけ、チョコクッキーのチョコの部分だけ、という変な食べ方をする。
以下はあみ子が憧れの同級生のり君と一緒に帰るシーンである。あみ子のことがよくあらわれている場面なので引用する。
あみ子は顔いっぱいの笑顔をのり君にむけて「じーっ」と言った。一旦背を向けてあるきだし、十歩くらい進んだところでまた振り返り、笑顔で「じーっ」。(P23)
「じーっ」とあみ子が言っているあいだ、のり君は無反応なのである。一緒に帰っていると言っても、あみ子の兄が半ば強引にあみ子のことを見ててくれと頼んだだけで、のり君はあみ子に好意はない。それでも、あみ子はのり君が数歩後ろにいることが嬉しくてやめない。
「じーっ」何度目のじー、だったか。
「なに」と、のり君が口を開いた。
話しかけられた。抑えられない興奮で、体の中身が高音を上げてはじける感覚をあじわった。「じろじろじろじーっ」と言いながら、一本足で、跳ねるようにしてぴょんぴょん進み、疲れたら、もう一方の足でぴょんぴょん進んだ。(P24)
じろじろじろじーっ、と言うあみ子。あみ子はとってもマイペースで純粋なようだ。
しかし、このあみ子の純粋さが、あることをきっかけにあみ子の家族を追い詰めていく。のり君との関係も決定的な亀裂が入る。そして、あみ子は忘れてしまう。
あみ子の思春期の始めから終わりを綺麗事なしで描き切った作品なのかもしれない。
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