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愛がぎっちり|綿矢りさ「生のみ生のままで」


綿矢りさ「生のみ生のままで」集英社 2019年初版
 彼氏と訪れたリゾートホテルで、逢衣(アイ)は女優の彩夏(サイカ)と出会う。意気投合し、友達のように仲良くなった二人。しかしある日、逢衣は彩夏にキスをされ、告白までされてしまう。上巻から下巻まで一気に読みたくなる女性同士の恋愛小説。

 

愛を感じる性的描写にグッとくる

 綿矢りさが描く同性愛に興味があり、手にとった一作。読んでいる途中に思ったのは、「これは同性愛小説ではなく、恋愛小説だなぁ」ということ。好きになってしまった人がたまたま女性で、そして女優で、波乱が待っているのは主人公である逢衣自身もわかっているだろうけれど、恋の引力に逆らえずおちていく感じが良かった。

 異性愛者だった彩夏が、女性である彩夏との触れ合いを簡単に好く感じるわけはなく、出だしは不快感からのスタート。それでも彩夏の真っ直ぐな思いに溶かされるように逢衣も彩夏を受け入れていく。読者としても「イケイケ!!」と二人の背中を押したくなるような、前のめり気味の気持ちで読み進める上巻。

 上巻の後半には、あんなに頑なだった逢衣が熱い気持ちに突き動かされるように彩夏と愛し合う。「その肌に触れたくてたまらん」といった具合に互いを求める二人は尊い。以下は二人が愛し合う場面の一部。
いままで身体を縛っていた痛いほどの緊張が彼女と触れ合った部分からほどけてゆく。
 生のままの酒を口移しで無理やり飲まされて、気づけば自分から飲み干しにいっているような。天然の酩酊が視界を熱く歪ませて呼吸を弾ませる。段々とベッドの上で起きていること以外すべてがどうでも良くなってゆく。(上・P147)
 不思議なことに、性的な描写を読むごとに、逢衣と彩夏の思いは浮ついたものでもなく、本当に一生もんの恋や愛かもしれないと思えてくる。こんなにエッチなのに愛も感じる描写をできる綿矢りさ、最高やん!! ってな感じで、私は浮かれ気味に読んでいたのだけど、上巻ラストで二人の関係に陰りが差して、一体どうなってしまうのだろうと気になって仕方がなく、結局次の日には下巻も一気に読み終えてしまった。上下巻セットで購入するのをお勧めします。

 二人で脱毛しあったり、互いの元彼の話をしてみたりと同性同士の友達みたいな関係も微笑ましかった。同性愛がジャンルで分けられるのではなく、ただの内容説明の役目だけで語られるようになる予感も感じられて、読後は晴れやかな気持ちになった。
『生のみ生のままで』
綿矢りさ


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