(C)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会 |
「花束みたいな恋をした」を見た。菅田将暉、有村架純のW主演、脚本家は坂元裕二、監督は土井裕泰さんという名タッグだ。二人の男女の忘れられない5年間を辿っていく本作。この映画を観た感想を記していく。
青春胸キュン映画ではなかった
最初はどちらかというと見る気がおきなかった。なぜならポスターがとてもキラキラしていたからだ。胸キュン系の映画を見るとどうにもこそばゆい気持ちになってしまうため、本作も敬遠していた。しかし今回映画に誘ってくれた知人が言うのである。
「あのカルテットの脚本家と監督がつくった映画だよ?」
私はドラマ「カルテット」が大好きなのである。コミュニケーションが苦手なものたちが織りなす会話劇、他人同士の中に不器用ながらに生まれてくる絆、唐揚げにレモンをかけることについて長尺で議論する主人公たち。回を重ねるごとに作品に引き込まれていき、終わる頃には登場人物たちとの別れを寂しく思った。それに「Mother」「Woman」「anone」「問題のあるレストラン」など脚本家の坂元さんが手がけたドラマは印象に残っていた。
ということで、ポスターのイメージはすっかり払拭されて映画を見ることにしたのだが、映画の序盤の序盤で登場人物たちのやりとりに度肝を抜かれた。終電を逃した麦(菅田将暉)と絹(有村架純)が居酒屋で好きな作家について話していたシーンだ。絹が指をおりながら作家たちの名前を口にする。
穂村弘、長嶋有、いしいしんじ、堀江敏幸、柴崎友香、小山田浩子、今村夏子、小川洋子、多和田葉子、舞城王太郎、佐藤亜紀(『花束みたいな恋をした OFFICIAL PROGRAM BOOK』2021年1月29日発行 株式会社リトルモア)
挙げられる名前を聞きながら「あ〜、はいはい」と言って満足気にうなずく麦。
私は思わず、知人の方を見た。知人もこちらを見て驚いた顔をしていた。私は柴崎友香の、知人は今村夏子のファンなのである。絹や麦が自分の趣味と合う人の見つけた時の胸の高鳴りや喜びを感じたように、私もこの映画に対し胸が高鳴った。味方じゃんみたいな、そんな感じ。ポスター見てキラキラ青春系かと思ったけどそんなことなかったじゃん、っていう感じ。
二人はお笑いや音楽の趣味も合っている。もしあなたが、推しの名前を見かけるだけ聞くだけで嬉しくなるタイプであれば、お笑いや音楽、小説について話す二人にきっと胸が高鳴るのではないだろうか。死語かもしれないが、『サブカル』が好きな人の高鳴りトリガーがこの作品にはいっぱいある。絹と麦が発する固有名詞は、それを知っている者同士にとっては胸を高ならせる秘密の合言葉のような役割をになっている。
こうして会話の途切れることのない二人はその日のうちに麦の家に行くのだが、麦の本棚には絹が居酒屋で挙げた作家たちの本が並んでいるのである。それを見た絹は目を輝かせてこう呟くのである。
「ほぼうちの本棚じゃん」
このセリフを聞いたとき、二人が出会えたことはまじで奇跡なんだと思った。ほぼ同じ本棚の人がネット経由じゃなくて、リアルの出会いに紛れていること。しかも同じ趣味を持っていることに気が付けること。まじで純粋に尊い。
そして二人は大学の講義をサボって、セックスをし続け(脱ぐシーンはないです)食料がなくなってようやく外出する、というような大学生らしい恋愛をしていく。しかし、就活を機に二人は少しずつ変わっていく。
カルチャーが一人の人間から消える様が悔しすぎて泣いた
麦はイラストを1カット1000円で描くという仕事をしていた。いずれはイラストで食べていくことも夢見ていたのだが、「3カットで1000円、嫌ならいらすとやつかうんで」てな感じで徐々に食い物にされていく。
麦の目標は「絹ちゃんとの現状維持」である。そしてこの時、今村夏子が芥川賞を受賞する。麦は好きな作家・今村夏子も頑張ったんだし俺も次のステップに行きたいと言い、就職を決意する。絹はイラストはいいの?と驚くが、就職先は5時に終わるみたいだから絵は描けるよ、大丈夫と麦は言う。ここまではまだ、明るい未来が待っているかのように思えた。
しかし、実際には定時であがれることはなく仕事に終われる麦。次第に、本を読んだりSwitchをやったり、映画を見たりと言う暇がなくなっていき、麦と絹の生活が変化していく。
そんな中、皆が帰った後の仕事場で麦が、パズドラをやるシーンが流れる。気だるく冷たい表情で、面白くもなんともないといったふうにスマホを見る麦。
悲しいなぁと思うと同時に、頭を使わないスマホゲームを開いてしまう感覚がわかってしまう自分を認識する。スイッチやPS4のソフトがあるのに、手っ取り早く起動できるスマホゲームをやってしまう経験があなたにもあるであろう。
そして程なくして、麦が絹との舞台を見る約束を失念していたことから口論になる。しかし、麦は「前見たじゃん? あれ映画だっけ? あぁ、これは見てないか」と謝る素振りも見せない。そして言うのだ。
「息抜きにならないんだよ。頭に入んないんだよ。ゴールデンカムイは7巻までしか読めてないないし、宝石の国の内容は忘れちゃったし、もうパズドラしかできないの(うろ覚え)」
麦にはカルチャーを楽しむ余裕なんてとっくになく、麦からカルチャーが排除されてしまったことが明言される瞬間である。こうして絹が好きだった麦はいなくなってしまった。ここが個人的には悲しくて、もはや、悔しくて泣けた。
本屋に行けば、絹は文芸誌を手に取って、麦は「人生の勝算」というタイトルの新書を手に取る。絹の勧めた小説を読まないし、投げるように置く麦。
あぁ、それでも、麦は悪くない!! 全ては資本主義のせいだ! お金のせいで麦は変わってしまったんだ! おやじを転がしても(知人カップルは彼女が資金調達し彼は好きなことをしていた)、社畜になっても報われない! 恋人たちは別れるべくして別れたのか? せめて5時に退社できる会社に入っていれば、絹と一緒にゼルダもやれたし、映画をみて感想を言い合って、二人で並んで漫画を読んで、ご飯を一緒に食べてってできたのに。しかし、この悲劇は麦と絹だけではない。一体どれだけの人が仕事や生活をすることに追われて、夢や趣味や恋愛を諦めてきたのだろうか……。
などと思いながら、二人の最後を見届けた。見終わった後、知人と一緒にただ「悲しいなぁ、はぁ、ああ、悲しいなぁ」と言って帰った。
特集・坂元裕二のユリイカとオフィシャルプログラムブックをおすすめしたい
オフィシャルプログラムブックの主な内容
- 坂元裕二、土井裕泰、菅田将暉、有村架純それぞれのインタビュー、
- 麦と絹の部屋の見取り図、二人の好きな本や作家、音楽、映画やドラマの紹介ページ
- 二人が行くはずだった天竺鼠のチケット(実際のチケットのサイズ)
- 二人の口論のきっかけとなった舞台のミニポスター
- 登場人物たちのポートレート などなど
特集・坂元裕二「ユリイカ」の主な内容
- シナリオ「水本さん」「骨壷(犬の)」「お願いがございまして」
- 土井裕泰さんとの対談
- 満島ひかりが聞き手の坂元裕二へのインタビュー(二人の会話がドラマみたいで感動)
- 有村架純、永山瑛太それぞれに聞く坂元裕二
- 坂元さんのこれまでの作品を読み解く寄稿文の数々
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